当会「神戸市家具青年部会」は、「神戸の家具」が日本を代表するようなものになるように、会の内外で努力していこうという「神戸の家具」の明日を担う青年たちの集まりであります。
昭和38年、当時兵庫県の家具組合連合会の会長でした、故丸尾英一氏が「これからは若い人の時代になる。神戸の家具屋の青年部でも作ればどうか」というお話しから始まった会でした。
昭和38年頃というのは、日本の経済状況からいうと、高度成長に入りかけたところで所得倍増ということが言われ始めた頃でした。
神戸の家具の状況は、木工団地ができる前で、家具屋の職人になろうという人も少ない時代でした。
そのため、家具屋をやっている誰もが将来に不安を感じはじめていたのでした。
そこで次の世代の神戸の家具のあり方というものを、若い者が集まって話し合えたらいいということでできたのが、当青年部会です。
当初は、まずは会員の親睦からということで、遊ぶことを中心にしていましたが、遊んでいるだけでは親たちが納得しないということで、旅行に行くにも見学会などを付け加えていきました。
各地の木工団地や工場見学などをしていきました。
そのうちどんどん向上心が高まり、神戸の家具業界というのが非常に多種にわたって分業化されていることもあって、みんなでまとまって何かをしようということになってきました。
そこで、神戸の家具を作ってきた職人の親方などの先輩方の講習会も開かれることとなりました。
地場産業でもある「神戸洋家具」の継承、その歴史を受け継いでいくという趣旨のもとの活動です。
そのうち、「神戸家具新作発表展」を開くこともありました。
また、個展なども開催し、その時の出展作品を神戸の博物館へ入れていただいたというケースもありました。
ただ、時代とともに「神戸洋家具」の展示会も集客力を失い、平成元年の開催を最後に、対外的な活動を行われない日々が続きました。
会員も相変らず多種多様な業種にまたがり、しばらくはまた会員同士の親睦を深める要素が大きくなっていました。
そんな中の平成7年の「阪神大震災」。神戸の家具業界も少なからず被害を受けました。
青年部の活動もしばらくは休止状態が続きました。
そんな中、みんなが息づいたのが、平成11年に「地場産業フェアー」の一環として参加できた「神戸洋家具」の展示会でした。
平成元年の開催後、10年ぶりの展示会ということで、再び「神戸洋家具」の全国発信への意気込みが会員の中に復活した展示会となりました。
それ以後、会内部でもいろいろな試行錯誤がなされ、平成14年、ようやくもう一度この会の原点に戻った活動、「神戸の家具」業界の広報と向上を目指した活動をしていこうという動きを始めました。
「神戸洋家具」関係の情報発信、展示会はもとより、会員相互の知識・技術のますますの向上を目指しております。
このサイトもその活動の一環で、ここから「神戸市家具青年部会」のこれからをどんどん発信していけるようにがんばっております。
よろしければあなたの「お気に入り」に入れていただければ幸いです。
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